最近特に、いつも何かに追われているような焦りがありました。
精神保健福祉士のスクールも始まった。
IFS(内的家族システム療法)のことももっと発信したい。
英語ももっと使う機会を増やしたい。
身体のメンテナンスもしたい。
推し活もしている。
旅行もしたい。
もともと好奇心旺盛な私。
すぐにいろんなことに興味を持つし、
気がつくと意識が散漫になりがちです。
昨年IFSのトレーニングを受けてから、
人生の方向性もより明確になり、
頭の中はTO DOリストでいっぱいです。
最近は、2028年2月にある精神保健福祉士試験のことも、
常に頭の片隅にあります。
そんなこともあって、
思いっきり遊んだ日の後はうっすら罪悪感があったり、
ダラけてしまうと、後ろめたい気持ちがいつもありました。
「生ききりたい」私に気づく
先日、そのことをIFSの仲間と話していた時、
私の中で強い存在感がある
「生ききりたい」
という思いを持っている自分に、気づきました。
「生ききりたい」というのは、英語でいうと、
Live life to the fullest
自分の命を生かして「精一杯生きる」という意味です。
基本的にはポジティブな意味で使われます。
この私の中の「生ききりたい」自分は、
50歳で父を病気で亡くしてから、
存在感を増していたことには気づいていました。
限りある人生を後悔しないように、大切に生きたい。
その思いはとても尊いものですし、理解ができます。
でもあまりにもその思いが強くなりすぎて、
「人生を大切にしよう」としていたはずなのに、
逆に“今この瞬間を味わえなくなっている”のではないか・・・
そんなことに気づき、ハッとしました。
私の「生ききりたい」という思いは、
全ジャンルに適用されます。
仕事もちゃんとしたい。
学びたいこともたくさんある。
英語力も伸ばし続けたい。
人との時間も大切にしたい。
世界中行きたいところがたくさんある。
健康も美容も気を使いたい。
遊びも思いっきりしたい。
家も快適なように整えたい。
などなど・・・
これを全部ちゃんとやろうとすると、
いつも「何かに追われている」焦りがあるのは当然ですよね。
一方で私の中には、
「ゆったりと日々を味わいたい」
「一瞬一瞬の美しさを感じながら生きたい」
という思いもあります。
でもその思いは封じ込めて
「いつかそんな日々を送れるように今は頑張ろう」
と思っていたことにも気づきました。
でもこの「生ききりたい」自分の思いが強い限り、
その「いつか」は来ないような気がします。
人生を生ききることは、詰め込むことではない
今回そのことに深く気づき、
今まで私を突き動かしてくれた
「生ききりたい」私が背負っているプレッシャーを、
少し下ろせた気がします。
「人生を生ききる」ということは、
今を味わえないほど「詰め込む」ことではありません。
「生ききりたい」私と
「今を味わいたい」私。
その両方の気持ちを大事にしながら、
本当の意味で人生を味わっていこう。
そう思っただけで、
私の中の緊張が、解けていきました。
