不安や恥は、特別な人だけのものじゃない|IFSで学んだ心の見方

不安や恥は、特別な人だけのものじゃない

先日参加した韓国でのIFS(内的家族システム療法) Level 2トレーニング。

今回のテーマは、

Shame(恥の感覚)
Anxiety(不安)
Depression(抑うつ)

でした。

こうやって並べると、なんだか重いですよね(笑)。

「私はうつではないから関係ない」
「そこまで深刻な問題は抱えていない」

と思う方もいるかもしれません。

でも5日間のトレーニングを受けて改めて感じたのは、

これらは決して、特別な人だけが抱えるものではない

ということでした。

私たちは、思っている以上に「不安」と生きている

例えば、Anxiety(不安)。

「もっと頑張らなきゃ」
「このままで大丈夫かな」
「将来、お金は足りるかな」
「仕事がなくなったらどうしよう」
「地震が起きたらどうしよう」

そんな不安を、一度も感じたことのない人は少ないのではないでしょうか。

変化が激しく、たくさんの情報が絶えず入ってくる今の時代は、私たちの中の「不安になる部分」が刺激されやすい時代だと思います。

その「不安」が現実にならないように、行動に駆り立てられている人も多いでしょう。

IFSでは、その不安を単純に「なくすべきもの」とは考えません。

「どうして、そんなに不安になっているんだろう?」

「何から私を守ろうとしているんだろう?」

そんなふうに、その不安に好奇心を向けていきます。

すると、モヤモヤする「不安感」にも、そうならざるを得なかった理由があることが見えてきます。

それに気づいた時、私たちを駆り立てていた「不安」が、少し緩むこともあります。

一番見たくない「恥の感覚」も、実は身近にある

そして今回、私自身にとってもとても深いテーマだったのが、Shame(恥の感覚)です。

Shameは日本語では「恥」「恥ずかしさ」などと訳されますが、

「こんな私はダメ」
「本当の私を知られたら、受け入れてもらえない」
「私にはどこか根本的な欠陥がある」

そんな、自分の存在そのものを否定したくなるような感覚に近いこともあります。

恥の感覚は痛いからこそ、できれば誰だって見たくありません。

だからこそ私たちは、もっと愛されようと頑張ったり、成功しようとしたり、完璧になろうとしたりして、その感覚から離れようとすることがあります。

私自身、この恥の感覚というテーマには思い当たることがあります。

IFSでは、恥の感覚を「克服すべきもの」として扱うのではなく、

「こんな私はダメ」と感じている自分がいることに気づき、その傷ついた部分を癒していきます。

「元気になれない」にも理由があるのかもしれない

Depression(抑うつ)についても、印象に残ったことがありました。

今回のトレーニングでは、抑うつ的な状態についても、ただ「元気がない」「やる気がない」と見るのではなく、

その人を止めたり、休ませたりすることで、自分を守ろうとしている「部分」がある可能性

を見ていきました。

ずっと頑張り続けてきた人を、これ以上走らせないために。

これ以上傷つかないように、外の世界との接触を減らすために。

もちろん、すべての抑うつをこの一つの見方だけで説明できるわけではありません。

でも、

「どうしたら早くこの状態をなくせるだろう?」

だけではなく、

「この状態には、どんな意味があるんだろう?」

と見てみる。

その視点に、IFSらしさがあります。

「なくす」のではなく、理解してみる

不安も、恥の感覚も、動けなくなってしまう自分も。

私たちはつい、苦しいものを排除しようとします。

でもIFSでは、

「なぜあなたはここにいるの?」

と、その部分に会いにいきます。

すると、自分の中でずっと「嫌い」だと思っていた部分が、実は必死に自分を守ってくれていたり、その奥に傷ついた幼い自分がいたことに気づくことがあります。

自分を変えることよりも、

まず、自分を理解すること。

自分の中の嫌いな部分をなくすのではなく、その声にも耳を傾けてみること。

それだけでも、自分との関係は少しずつ変わっていきます。

Shameも、Anxietyも、Depressionも。

一見すると重いテーマだけれど、

実はどれも、私たちの日常からそれほど遠いところにあるものではありません。

だからこそ今回のテーマは、「特別な誰か」のためだけではなく、

私たちがもっと自分と仲良く生きていくためのテーマでもある

と感じています。

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