2022年最後のブログです。
毎日→ほぼ日といいながら、最後の方はあまり更新できずに、すみません。
でも「ブログを書く」ことに関しては私の中では習慣になってきて
ハードルは下がったなと感じています^^
生きるって大変なこと
うちの猫の体調のことで、かなり動揺してしまったということは
前回のブログで書かせて頂きました。
先日、心理カウンセラーの友人にこのテーマでセッションをしてもらいましたが、
「今日はこのテーマに向き合う」と思っただけで、
セッション前からソワソワ落ち着かず、胸がザワザワしました。
身体は絶対に嘘をつけません。
自分でも気づいていたけれど、このテーマは私の生きるベースや、トラウマなど
相当コアに近い部分に関係していると思いました。
ここまで身体に反応がくるような大きなテーマは、一回セッションをして
スッキリするというのはある意味ありえないので、
少しずつ感覚の耐性領域を広げていくようなセッションになりました。
そもそも、大切な存在の命に関わるテーマで
「何があっても大丈夫な私」になることは肉体がある限りあり得ないと思っていますし、
そうなりたいかと言われると、それも違う気がします。
話は戻りますが、私の中には「不安」と「希望」の両方がありました。
少しよくなったように見えると「希望」を感じ、
また何か変わった様子があると「不安」が刺激される。
私の中にふたりの私(パーツと言います)があるというのがはっきり分かりました。
正確に言うと、二人どころか私たちの中にはたくさんのパーツがあるんです。
最近は、それぞれのパーツが私の中でいろんなおしゃべりを始めます。
「最悪のケースも考えて心の準備をするべきだ」
「悪いことを考えるとそっちが現実になってしまう」
「でも食欲が出てきたから、大丈夫かも」
「リスクはあるけど検査をした方が良いだろうか」
「私たちのエゴではなく、ハル(猫)にとっては何が最善なんだろう」
などなど、いろんな声が出てきます。
人間は考える機能を与えられているばっかりに、
シンプルさを忘れてしまいます。
ベストな正解を出そうと、頭はフル回転しています。
これは私だけの話ではなくて、
おそらく私のブログを読んでくださる皆んなが
ほぼその状態で生きていると思うんです。
もちろん「生きる」って楽しいこともたくさんあります。
でも誰しも避けられない「大変なこと」
「自分にとって辛いテーマ」に遭遇することも、必ずあります。
どんなに大変なことや悲しいことがあっても
大人になると「私は辛いです」と外に垂れ流すことも出来ずに
対外的には「私は大丈夫です」と言う顔をして
生きていかなければなりません。
私は職業柄、いろいろな人のお悩みをお聞きする機会がありますが、
私たちが普段出会う人たちも
口には出さなくても大変な思いをしているかもしれません。
それでも日々がんばって生きている。
そう思うとどんな人たちも皆んな生きているだけで
偉いしすごいよな〜と思います。
「今ここ」のシンプルさ
2020年5月に書いた「期待外れでがっかりすることが多い人へ」
という記事が、私のブログで継続的によく読まれています。
ということは、期待外れでがっかりしている人が多いということかもしれません^^;
「期待」は未来に対する思いですよね。
でも私たちは「今ここ」の連続にしか生きていません。
動物さんを見ていると「今ここ」にしか生きていないとすごく感じます。
「自分がこれからどうなるか」なんて考えていないし、
今お腹が空いているか、心地良いのか、そんな連続で生きているんだと思うんです。
そう思うと「長生き」をよしとしてしまうのも、
時間軸という観念がある「人間」だけの思いですよね。
彼らは「長く生きたい」と思ったことは一度もないと思います。
ただ今この瞬間、幸せかどうか、それだけです。
それでも希望を持っていい
とはいえ、生きる上で「希望」は持っていいと思います。
というより「希望」があるからこそ、人は生きていけるのだと私は思います。
先日「すずめの戸締まり」という映画を見てきました。
その中で(少しネタバレです)
「生と死は隣合わせだと分かっている。それでも長くと祈ってしまう。」
というようなセリフがあります。
曖昧な記憶で私の解釈が入ってかなりセリフが変わっているかもしれませんが、
ご容赦ください^^;
映画もとってもよくて、すべてを分かった上でもう一度見たいとも思っていますが、
このセリフにすごく同感しました。
私たちが生きているこの世界って、本当に陰陽が隣合わせで成り立っているんですよね。
そのどっちを「陰」として「陽」とするかも観念ですが、
そもそも「地球に生まれて、生きている」って
不思議な奇跡だと改めて感じました。
今年最後のブログは、少し哲学的な感じになってしまいましたが、
私が一番言いたかったことは、
日々いろんなことがあって
いろんな思考や感情に揉まれて
それでも懸命に生きているご自身を
皆さんうーんと労ってくださいね
ということです。
生きているって時に重労働。
だから、本当に一人ひとりが自分の心と身体のケアを
してあげて欲しいんです。
ご自愛することは、
必ず全体にとっても良きことにつながると、私は思っています。
最近の私は、うちの猫の様子が常に気になってしまいますが、
気が張っている分、自分の心と身体のケアもしてあげています。
今日、私がこのブログを書けているのは、
目の前のうちの猫がそれなりに回復して
幸せそうにしてくれているからです。
私の不安が0になった訳ではないけれど、
それでも今ここの安堵を感じながら
希望を持ち合わせて
新年を迎えられることに心から感謝しています。
皆さまも1年間頑張ってきたご自身をたくさん褒めてあげて、
どうぞ穏やかな良いお年をお迎えください。