昨日はDr. ジョー・ディスペンザが初めて開催した「Walk for the Walrd(世界のために歩く)」
というグローバルイベントに参加してきました。
これは世界中で一斉に、Dr. ジョーがこの日のために作った歩行瞑想を一緒にするというイベントで、
私は東京で開催してくださった方のグループに参加して12名の方とお会いすることができました^^
瞑想の内容は、これからの世界に対する祈りのようなものでした。
世界を変えたいのならば、自分がその「変化」になるしかない。
東京グループでは、過去にDr. ジョーのリトリートに参加した方、これから参加する方、
瞑想を始めたばっかりの方、色々な方とお話しできて楽しかったです!
一人の方が「Dr. ジョーは本当に愛からやっているのを感じる」と話していたんですが、
私も心から共感しました。
Dr. ジョーの影響力はどんどん増していて、彼はもう何もしなくても豊かに暮らせると思います。
でも今回のこのグローバルイベントでも「今こそ一番これが必要な時」要するに
一人でも多くの方の意識が変わって集合意識の変容を起こす必要がある時、と言っていましたが、
だからこそ人に伝えていくミッションを止まらずに続けているような気がしました。
私個人でも、この秋分の前後、大きな浄化が起きています。
少し前から人間関係で慣れ親しんだ「痛み」が顔を出すことがあって、
「このパーツ(自分の中の人格の一面をパーツと言います)癒されたと思っていたけど、
まだいたのね」と感じていたんです。
何か大きな出来事が起こった訳ではありませんが、
前回のブログでも書いたように「自分」に気づくことが定着しているので、
気づきやすくなっているんだと思います。
そのパーツちゃんの痛みは前よりは小さくなっていますが、
確実に「まだいる」のを感じて、俯瞰したり責めずに労ってあげたりしていました。
人間って不思議なもので、何もしなくてもバイオリズムの波があります。
もちろん分かりやすく嫌だと感じる出来事があって落ち込むこともありますが、
今回は普通に楽しい日々を送っていたのに、急に引き戻されるような感覚がありました。
忙しくて疲れていたからかもしれないし、秋分が近かったからかもしれません。
その理由は重要ではなくて、いずれにしても心も体も何か「出た」時は
ちゃんと見てあげてねというサインであることは間違いありません。
私もそのタイミングだったんでしょう。
そんな感じで、いつも以上に心が繊細になっていたこの頃。
長年連絡をとっていなかった幼馴染から、突然メールがありました。
彼女とは心友と呼びあっていた時期もあるくらい近い関係で
その関係はずっと続くと思っていたけれど、
お互いの歯車が噛み合わなくなってきて、どちらからともなく離れました。
でも今回彼女が迷った挙句にそれでもメールをしたいと思って、送ってくれました。
メールのやり取りで、あの時言えなかったお互いの本心を伝えたりして。
長年の関係で、お互いに甘えもあったような気がします。
人ってつくづく自分の「フィルター」を通してしか世界を見れないので、
誤解が生じたりしてしまうんですよね。
それでお互いの傷を無意識に刺激しあったり・・・。
今回彼女からメールをもらって、喜怒哀楽を感じるより先に涙が溢れました。
そして本音でやり取りができたこと、本当にギフトだと感じます。
私はここ数年で「この人こんな人だったっけ(良い意味で)?」
と感じて、再び繋がったり、関係性が変わったことが何度かあります。
これがまさに「投影」の世界で、
自分が世界を見るフィルターが変わると、
「投影」が丸っと書き換わるという体験をしてきました。
自分の思い込みで大切な関係を壊してしまうこと、誰にでもあるかもしれません。
人間関係はとっても繊細なもの。
それに私も含めて、誰も完璧ではありません。
この完璧とは「相手からみた完璧」と言う意味ですが、
相手が望む完璧な人になんて、なる必要もないし、
誰だってなれるはずがありません。
だからお互いの嫌なところが目についたり、
勝手に傷ついたりしてしまうことがあっても、
「それでもこの人は大切にしたいな」
とお互いに思えることは、本当に尊いことだと思います。
世の中で起こっている争いや、いざこざも、すべてこの縮図だと思います。
自分の「フィルター(投影)」を愛のフィルターに変えていくことでしか、
平和にはならないのかもしれません。
その方法は色々あると思いますが、
まずは自分が見ている世界がすべて(正解)ではないと気づくこと、
でもそう見てしまう自分の傷を癒してあげること、
それを積み重ねることで、
自分が真実だと思っていた世界が、まったく違うものに見えてくるかもしれません。
あなたの傷が癒やされますように。
優しさ、愛、思いやりで溢れる世界になりますように。